44 関東大震災とやきもち
小麦粉を水でとき油をひいて焼いたのをおやき、またはやきもちといいます。今でもお茶うけにしますが、このやきもちを大正十二年の関東大震災の時に大量に作りました。
震災のあった九月一日から数日たって大和村の青年団員が集り、各部落で六袋づつの小麦粉でやきもちを作りました。東京市内で災害にあった人たちにたべてもらうためです。一袋十五キログラムですから、焼くのに一日かかりました。小麦粉に重曹(じゆうそう)を入れて大きなほうろくで一枚をかなりの厚さに焼きます。それを四角く切分けて袋につめ、翌日トラックで東京へ運びました。
新宿戸山ヶ原に救援物資を受付ける所があり、軍隊が管理していました。そこに運ばれたやきもちは、お腹をすかせた東京市民の心をもふくらませました。青年団員のやきもち作りは誰にいわれたものでもなく、自発的に行なわれたものです。(p99)